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懐かしの三岐鉄道北勢線乗車です。 [プチ鉄景]

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先週の土曜日、約3年ぶりに特殊狭軌(ナローゲージ)路線で有名な三岐鉄道北勢線の阿下喜駅に訪れました。駅構内には、写真のとおり珍しい転車台が設置してあります。

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この日は桑名市「石取祭」見物のため、JR関西本線を利用することにして、正午前にJR蟹江駅へと出かけました。蟹江駅は、明治28年11月7日、関西 (かんせい)鉄道によって名古屋~草津間が全通する約半年前の5月24日、名古屋~前ヶ須(弥富)間が開通した際に設置されました。当時は蟹江停車場(蟹江ステーション :すてんしょんば)と言われていたそうです。この駅の設置のため、蟹江町は駅周辺の土地一町歩を関西鉄道に寄付したとのことですが、当時の鉄道に対する期待というものを理解することができますね。

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蟹江駅は昼間、普通電車しか停車しない駅となっています。駅構内に入場すると、暫くして名古屋発、鳥羽行の快速「みえ」が通過していきました。この快速は、電化されている関西本線から伊勢鉄道、紀勢本線、参宮線と非電化区間を走破する快速で、ディーゼル機関により運行されているJR東海ご自慢の高速気動車です。

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列車通過後、5分もしないうちに反対方向から名古屋を目指す快速「みえ」が蟹江駅を通過していきましたよ。車内は三重県方面で乗車された方で満員状態のようです。今日は夏休み期間、休日ですから特に満員なのでしょう。

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正午前に、ようやく普通電車が到着です。名古屋近郊を走ってるわりに、この時間は2両編成が多いようです。こんな昼間でも短い編成ですから、当然、座席に座れる訳がありません。仕方なく立ったまま、線路周辺の景色を眺めながら約20分ほど乗車しましたよ。せめて都市近郊路線なので、日中でも最低3~4両編成くらいにしてほしいところですが、この関西線に限っては、朝夕のラッシュ時間にも拘わらず2両の「酷電」編成を平然と行って来るので、仕方が無いのかも知れませんね。ましてや未だに単線、沿線は昭和50年代に複線用の土地は確保されていますが、こちらも放置状態で草ボウボウ。。そう思うと溜息ばかりでしたよ。

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そんなことをブツブツと思いながら桑名駅に到着しました。桑名駅はJR東海と近鉄の共同駅で、名古屋を出発した優等列車が最初に停車する主要駅でもあります。JRホームに下車し、周辺を見ると名古屋方面から大阪難波駅を目指す近鉄特急「アーバンライナー」が構内へと進んできました。これは名阪甲特急ですから、桑名駅は停車せずに通過していきました。

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同じ方向から桑名駅に入るのは桑名市と岐阜大垣市を結ぶ養老鉄道の車両です。これは、かつて近鉄養老線時代のマルーン色で塗装された車両でした。

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近鉄や養老鉄道ホームばかり見ていたところ、JR反対ホーム方向から甲高いエンジン音がしてきました。これは特急「南紀」、名古屋と世界遺産「熊野古道」のある紀州・熊野方面を結ぶ優等列車、名古屋方面へと走り去っていきました。この駅は、いろんな列車が出入りするので見ていても面白いです。

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さて、本日は石取祭見物のために桑名に訪れましたが、祭は午後6時前後から始まる予定、今は午後0時過ぎたばかり。まだまだ時間的には余裕があります。そこで桑名駅の南にある三岐鉄道北勢線西桑名駅にお邪魔し、終点の阿下喜駅まで乗車することにしました。桑名の南に位置するのに駅名は「西桑名」と思われますが、これは旧城下の桑名町の西に位置するところから「西桑名」と名付けられたとのことです。ちょうど駅に可愛い列車が到着したところでした。水郷は、幼少の頃から社会人になるまで、この北勢線には大変お世話になりました。当時は近鉄の路線でしたが、赤字で廃止となるところを沿線市町の働きにより三岐鉄道に譲渡され、現在に至っています。なお、水郷高校時代の西桑名駅は、このような直線的な線路配置ではなく、手前で曲線があって駅舎とホームがあり、駅舎前には一本の松がありました。そして駅構内には車両基地があり、多くの車両が留置されていました。

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西桑名駅に入り、終点の阿下喜駅までの乗車切符を買いました。時刻表を確認すると、この電車はは途中の楚原駅止まりでした。阿下喜駅は、この時間帯1時間に1本しかないようです。仕方がありませんが、この駅で30分過ごすよりも、電車に乗って、途中で写真撮影しながら後発の阿下喜行に乗車することにします。停車電車は黄色の三岐鉄道カラーに塗装されています。水郷の高校生時代には、先程の養老鉄道車両のようなマルーン色で塗装されていました。北勢線お隣のJR線を普通電車が通過していきます。こう見ると同じサイズの電車に見えますが、この北勢線は、特殊狭軌(ナローゲージ)路線、線路幅が新幹線・近鉄が1435㎜(標準軌)、JR関西線・養老鉄道路線が1067㎜(狭軌)に対して、北勢線は762㎜、つまり通常の路線の半分程しかないので、当然車両もミニサイズのものとなっています。そのサイズから別名「マッチ箱」電車とも云われていました。さて、西桑名駅から電車に乗車、間もなく発車しました。ガタン・ゴトン揺られ、音の割にはゆっくりと進んでいきました。

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電車は西桑名駅発車後、馬道、西別所、蓮花寺各駅に停車し、やがて交換駅である在良駅に到着しました。反対方向から、ツートンカラー色の電車が入ってきました。これは北勢線の前身である三重交通時代の塗装色、北勢線全通100年を記念したものだそうです。写真撮影後、大急ぎで電車に乗車し、星川、七和、穴太駅を通過していきます。なお、星川駅は近くにあった坂井橋駅を廃止し、ショッピングセンターに隣接したところへ新たに設置された駅です。

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そして電車は、次の交換駅(七和駅も交換可能駅)である東員駅に到着しました。この駅は三岐鉄道移管後、六把野、北大社駅を統廃合して設置された新しい駅です。北勢線の運行や無人駅を総合監視する主要駅だそうですよ。

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水郷が高校生時代には見たことがない車輛が構内に留置されていました。これは三岐鉄道移管後に導入された線路保安用の車両だそうです。

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このまま楚原行電車に乗車しても良いと思いましたが、水郷思い出の駅に立ち寄ってみたいので、一駅戻ることにします。ここは穴太駅、高校生時代は、阿下喜駅で乗車し、この駅で下車、ここから自転車に乗って桑名西高校に3年間通いました。かつては反対側にホームがありました。その跡地は道路に代わっていましたよ。駅前広場など周囲も整備されて、当時とは全く変わった雰囲気でした。

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約20分ほど待ったところで阿下喜行の電車が到着しました。先程在良駅で行き違った電車が、西桑名駅を発車してきたようです。先頭の黄色車両の後には白と緑のツート色の三両編成が続いています。

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先頭車両を除く、この編成車両は北勢線生え抜きでは無く、観光路線である湯の山線が、特殊狭軌から近鉄本線サイズの標準軌に改軌された際に、北勢線に転属してきた車両だそうです。先程の紹介したように北勢線全通100年を記念し、前身の三重交通カラーに塗装されたとのことです。水郷の幼少の頃、祖母によく名古屋に連れられた際に北勢線に乗車したことがありますが、その時の記憶では、確かに三重交通から近鉄に合併された直後には、このような緑色していた車両が、まだ走っていたような感じがあります。但し、このようなツートンもあったのかも知れませんが、濃い緑一色の車両だったような気がしますが、定かではありません。幼稚園児の頃には、完全な近鉄のマルーン色になっていたような気がします。

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それはさておき、最後尾車両に乗車しました。やはりミニサイズの車両ですから見てのとおり座席間の通路がとても狭く感じます。親子で乗車されている方は、北勢線のスタンプを集めているとのことでした。この日は、休日なので水郷同様、写真撮影を目的にされた方が多く乗車されていましたよ。皆さん、1000円で「1日乗り放題」というチケットを利用されているようですよ。さて、電車は穴太駅を発車し、東員駅を通過、写真右は、かつて北大社駅があった地点まで近付いてきました。

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現在は、駅は廃止されましたが、北勢線の車両基地となり、多くの車両編成が留置されていました。そこから更に電車は進み、写真右に見えてきたのは大泉駅、こちらも大泉東駅と長宮駅を統廃合して設置された新しい駅です。いなべ市の農産物などを直販する施設「ふれあいの駅・うりぼう」が駅に設置されています。

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やがて電車は、北勢線最後の交換駅である楚原駅に到着しました。日中には、この駅で折り返す電車も多いようです。反対側ホームから西桑名行の電車が発車していきました。広告が塗装されているラッピング車両のようでした。

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楚原駅を発車すると気が付くのは、架線柱がコンクリート製から木製のものが目立って多くなってきました。線路の起伏も多くなってきます。写真左坂の下には、北勢線の絶景写真ポイントとして有名な「ねじり橋」&「めがね橋」があります。写真右の地点には、かつて上笠田という交換駅がありました。撮影しましたが、まったく駅の名残は見受けられませんでした。北勢線は、地方の鉄道らしく沿線には多くの駅が設置され、駅間が短いのが特徴だったようです。太平洋戦争中に電力事情の悪化のため稗田、星川、大木、畑新田の各駅が廃止され、戦後は、交通渋滞のため桑名京橋が廃止、三岐鉄道移管後は、高速化事業の一環で駅の統廃合が行われることになり、坂井橋、六把野、北大社、大泉東、長宮、上笠田、六石の各駅が廃止、新たに星川、東員、大泉駅が設置されて駅間距離が随分と長くなりました。

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その後山越え谷越えて麻生田駅、廃駅となった六石駅跡を通過して終点駅の阿下喜駅に到着です。水郷の高校時代とは変わって島式ホームの簡素な駅風景となっていましたよ。

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ツートンカラーの先頭車両を撮影しました。かつては三両一編成で一枚前の写真と同じような先頭車両姿でしたが、近鉄末期に連結された際に改造されてこんな感じになってしまったようです。

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その際に増結された先頭車両は、小さいながらもローカル鉄道の最先端の機能を持たせた車両だったようです。

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駅ホームから側線を眺めると、赤色の一両の電車が留置されています。北勢線が電化された際に導入された北勢鉄道モニ220形電動車です。

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阿下喜駅改札を出て駅前広場のベンチに座り休憩することにします。駅舎は三岐鉄道移管後に新たに建設されたとてもモダンな建物です。

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休憩後阿下喜駅周囲を散策することにします。先程の紹介した赤い電車が留置されている側線へと移動しました。冒頭の写真でも紹介したように転車台が設置されています。これは蒸気機関車時代に使用されたものだそうです。これは復元されたもので、確か昔は、駅のホーム側線の一番西側に転車台はあったと思います。こちらの方に移転したようです。それでも懐かしく、ちょいとした軽便鉄道博物館ですね

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赤い電車は水郷の幼少時代から高校生まで名古屋へ出かけたり、通学に利用したり大変お世話になった車両です。車両の塗装は近鉄時代のものになっています。水郷は幼少の頃から高校時代まで、この電車にはお世話になりましたよ。幼少時代、祖母がよく名古屋 の叔父や伯母宅を訪れる際に水郷も同行しました。幼稚園時代は、三重交通の路線で、車両はグリーン一色か、もしくはグリーンとクリームのツートン塗装だったのではないかと、かすかに記憶しています。昭和40年から近鉄の路線となり、この塗装「近鉄色」に変更されたと思いました。祖母は、桑名や名古屋に行く際に、「北鉄(ほくてつ)に乗る」と良く言っていました。三重交通や近鉄になる前は、北勢電気鉄道なのですから、祖母の云った意味が今になって解ります。。

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電車側面です。先程も述べましたがこの車両は、昭和6年北勢電気鉄道により桑名京橋駅から阿下喜駅が全通するとともに電化された際、新造されたモニ220形電動車です。昭和52年の秋、新型車両が導入された際に、一部がこの北勢線から引退して内部・八王子線へと転属して行きました。北勢線は、特殊狭軌路線、新幹線のレール幅(軌間)が1435㎜(標準軌)あるのに対して、この路線のレール幅は762㎜(特殊狭軌)しかありません。この種の鉄道は、軽便鉄道とも言われています。 

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車両もかなり小さいので「マッチ箱電車」とも云われていました。別名、速度が上がると「ガタンコ・ガタンコ」と唸りながらよく揺れるので「ガタンコ」電車ともいわれていましたよ。今は全列車が廃車されましたが、四日市市内の公園で保存されていた226号電車が、愛好家の活動により阿下喜駅へと移され、定期的に保存修理を行って、ほぼ活躍している状態まで復元されたようです。かつては、この阿下喜駅へ到着すると、モニ220形電車が、入れ替え線を通って西桑名方面の先頭に移っていましたが、昭和52年以降は、新型車両の導入や一部の付随車を電動改造し、このように固定編成化されました。三岐鉄道になり、車両の冷房化も行われたようです。かつては、夏になると車内に扇風機が設置されますが、それでも暑くなるので、窓を全開にしてました。さわやかな風が入って気持ち良かったことを思い出します。それでも夜は、田圃や山々を通過するので、窓を開けていると車内の明かりに誘われていろんな虫が入ってきましたよ。なんとものんびりした路線でした。

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さて、ここから折り返し電車に乗車するのも良いのですが、石取祭には時間的余裕があるので、暫く阿下喜のまち歩きを行うことにしました。阿下喜は、交通の要衝地として古くから栄えた町で、この周辺の経済産業の中心地でもありました。特に坂道状に続く道路沿いに栄えているのが特徴の町です。

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こちらは造り酒屋の門、その奥には大きな屋敷を構えています。やはり蔵元は、経済的に裕福な方が営むことが多く、豪邸が多いですね。

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その一角にある和洋折衷風の建物、水郷の記憶では、かつての郵便局だったような気がします。 

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坂道の途中の辻を左折し暫く歩くと立派な石柱の門がありました。中には立派な建物が中央にあり、その前には広々とした運動場のような感じの広場がありました。

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やはり学校跡、写真は元阿下喜小学校の校舎です。やはり経済的な余裕がある街の小学校校舎は威風堂々とした歴史的建物が多いですね。それが現在まで保存されているのも、また住民の皆さんの学校に対する愛着を感じて凄いと思いました。

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こちらはお医者様の建物のようです。細い道ですが、この一帯がかつての阿下喜の一番の繁華街でした。

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幼少の頃は、よく母や祖母に連れられて、この一帯で買い物を楽しんだ記憶があります。今は、商売などは廃業されて、普通の民家として利用されているひっそりとした雰囲気の町並みとなっています。

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約1時間ほど阿下喜まち歩きを終えて阿下喜駅に戻り、再び西桑名行の電車に乗車しました。

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帰りは一段と早く感じます。あっという間に東員駅に到着しました。三岐鉄道に移管され、高速化事業によって所要時間が少し速くなったようですが、相変わらず「ガタンゴトン」のユッタリした様子、ただ年を追うごとに時間の経過が早く感じるようになった水郷の事情もあるのでしょうかね。東員駅の側線には、先程楚原駅ですれ違ったラッピング電車が留置されていました。ここから北大社検車場へ入場するのでしょうか。それとも東員駅から西桑名駅行となって折り返すのかは良く解りませんでした。

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東員駅から20分ほどで西桑名駅に到着しました。片道約1時間、往復2時間ほどの鉄道の旅でした。昔は、長く感じた乗車時間でしたが、とても短く感じました。

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改札を出て駅前を歩きます。駅前はバスターミナルになっています。高校生時代に、北勢緯線よりも約10程早く阿下喜駅に到着するので、ここからバスに乗車することもありました。今は交通渋滞もあってバスの運行が変更になって北勢線の方が便利なようです。

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石取祭見物前に、軽く夕食を摂るため桑名駅まで歩くことにしましたが、その際駅構内を眺めると近鉄自慢の特急「しまかぜ」が駅を通過するところでした。思わず写真撮影、本日はいろんな電車を拝見できる一日となりました。たまにはプチ鉄の小旅行を楽しむのも良いですね。


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Baldhead1010

こちらの列車はすべてディーゼルカーです。

うるさいし、排気が臭いです。
by Baldhead1010 (2014-08-06 07:21) 

mimimomo

こんにちは^^
とても読めない漢字「穴太」で「あのう」(@@?
いろんな電車がありますね^^ 見ていて飽きませんね。
by mimimomo (2014-08-06 10:34) 

侘び助

のんびり~プチ鉄の旅・・・良いですね。
三岐鉄道・・・桑名から出ている? 柘植に行く途中に
時々見ることが有りました。(関西線も連絡が悪くなりました。)
by 侘び助 (2014-08-06 13:39) 

水郷楽人

皆様 こんばんは。先週は石取祭見物のため桑名市へと出かけました。時間に余裕があったので、かつて学生時代にお世話になった北勢線に乗車してきましたよ。懐かしい景色、三岐鉄道移管後に近代化されてすっかり変わった景色、いろいろ楽しんできました。
nice!&コメントをいただきまして有難うございました。
by 水郷楽人 (2014-08-06 18:16) 

hatumi30331

赤い電車いいですね。
それにしても色々あって・・・
楽しい!^^

by hatumi30331 (2014-08-06 19:36) 

JUNKO

転車台懐かしいですね、
by JUNKO (2014-08-06 20:19) 

なんだかなぁ〜!! 横 濱男

転車台がいいですねぇ~!!
しかし、いろんな電車があって、楽しいところですね。

by なんだかなぁ〜!! 横 濱男 (2014-08-06 20:43) 

hirochiki

白と緑のツートン色の列車を拝見していたら、子どもの頃に母や妹たちと乗っていた(名古屋)市電を思い出しました。
by hirochiki (2014-08-06 20:54) 

水郷楽人

おはようございます。祭見物には時間的余裕があったので、懐かしい北勢線に乗車してきました。10年ほど前に近鉄から三岐鉄道へ移管され、近代化も行われていましたが、相変わらずののんびりした鉄道の旅でした。
nice!&コメントをいただきまして有難うございました。
by 水郷楽人 (2014-08-07 06:14) 

旅爺さん

たまには撮り鉄も楽しいものですね。
転車台の所の丸いレールは何でしょう? 車両は走れないですよね。
by 旅爺さん (2014-08-07 07:15) 

makkun

おはようございます(^^
拙いワンちゃん日記にお越し下さいましてありがとうございました~
水郷楽人様のお名前はお見受けする事が多いのですが
こうしてお邪魔させて戴く事が出来ました事に感謝の私です。
また、お時間が御座いましたらお立ち寄りのほど宜しくお願い致します。
by makkun (2014-08-07 09:38) 

koto

電車に乗って旅したいなぁ。

by koto (2014-08-07 17:06) 

水郷楽人

皆様 こんばんは。毎日が暑いですね。先週は桑名市まで祭見物、まだ時間的に余裕があったので北勢線に乗車してきました。懐かしい電車でしたよ。ゆったり気分の鉄道の旅も格別ですね。2014年7月から新しいblogをスタートさせました。よろしくお付き合いくださいね。
nice!&コメントをいただきまして有難うございました。
by 水郷楽人 (2014-08-07 18:36) 

ちゃーちゃん

こんばんは!!
ご無沙汰しています...
桑名の石取り祭りに来られたのですネ・・・毎年雨模様で今年も少し
降ったのでは??・・・実は実家に行ったり病院に行ったりしていたので、今年は石取り祭りはご無沙汰しました・・・
桑名に居ても電車に乗らないので電車の記事に驚いています・・何回かに分けて読ませて頂きます。ワタシは阿下喜のお雛様祭りには「星川駅」から電車に乗ります。「星川」は我家から近いです。


by ちゃーちゃん (2014-08-08 00:47) 

水郷楽人

おはようございます。ご無沙汰です。学生時代以来、久々に北勢線に乗車してきました。のんびりした電車の旅でした。懐かしかったです。
nice!&コメントをいただきまして有難うございました。
by 水郷楽人 (2014-08-08 06:32) 

Nicky

近鉄色の車両を見ると伊賀神戸駅にあった伊賀線の車両を思い出します。

by Nicky (2014-08-09 13:59) 

水郷楽人

皆様 こんばんは。台風が接近中ですね。今朝は、三重の実家へと墓参りに出かけてきました。お昼近くになってまとまった雨が降りだして、早々蟹江へと引きかえしてきましたよ。皆様気を付けてくださいね。伊賀線も近鉄から伊賀鉄道へと変わりましたね。ローカル線には、厳しい環境となっているようです。いつまでも残していきたいものですね。
nice!&コメントをいただきまして有難うございました。
by 水郷楽人 (2014-08-09 19:18) 

ヨッシーパパ

懐かしい電車がありました。
母の実家の近くを走っていた、近鉄養老線です。
今は、鉄道名が変わったんですね。
by ヨッシーパパ (2014-08-10 18:40) 

旅爺さん

台風は無事通過しましたが島畑はご無事でしょうか?
by 旅爺さん (2014-08-10 19:33) 

おじゃまま

い、いや〜、長い記事で。。
途中で、あれ?あれ?って迷子になっちゃいましたぁ〜 ^^;
無事、到着しましたけど。
お好きなのが、よっく、分かりました^^
by おじゃまま (2014-08-10 22:27) 

水郷楽人

おはようございます。台風が無事通過していきました。皆様のところは大丈夫でしたでしょうか。久々に北勢線、起点の西桑名駅から終点阿下喜駅まで乗車してきました。懐かしかったです。夏休みと土曜日が重なって、親子で北勢線のスタンプラリーを楽しむ方も多かったです。スローな鉄道のプチ旅行を楽しむには良い路線ですね。
nice!&コメントをいただきまして有難うございました。
by 水郷楽人 (2014-08-11 05:06) 

アニ

始めましてアニと申します。
先日は訪問&nice!頂戴しありがとうございました。
これからどうぞよろしくお願いいたします。
by アニ (2014-08-11 20:13) 

水郷楽人

おはようございます。こちらこそよろしくお付き合いください。
nice!&コメントをいただきまして有難うございました。
by 水郷楽人 (2014-08-12 06:59) 

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